ジェネラル・サポート「太平洋戦記3 最終決戦」の攻略情報は…

1940年(昭和15年) Vol.1

1月

信濃型戦艦『尾張』起工

第1ターン。呉工廠の大型ドックが完成しました。これで呉工廠の保有ドックは大型3・中型2・小型4。東洋一の軍港にふさわしい威容ですね。

 

太平洋戦記,太平洋戦争,大東亜戦争,攻略

呉市海事歴史科学館(大和ミュージアム)展示

 

続いて第2ターン。その新大型ドックで信濃型戦艦の2番艦『尾張』の起工式が行われました。竣工は1942年8月第10ターンの予定です。

 

浅間丸事件

さて、1月第7ターン(1月21日)ですが、史実では、すでにぎくしゃくしていた日英関係に決定的な亀裂をもたらした事件が発生しています。世に言う「浅間丸事件」です。

 

これは、ハワイのホノルルから横浜に向けて航行中の日本郵船の貨客船『浅間丸』が、房総半島沖の公海上で英国海軍の軽巡洋艦『リヴァプール』によって臨検を受け、兵役適齢のドイツ人乗客21名が「戦時捕虜」の名目で拉致されたというもの。

 

英国海軍の行為は、戦時国際法上は問題ないとされていますが、日本国内においては、軍よりもむしろマスコミとそれに乗せられた国民が「帝国の面目に泥を塗った」と英国への激烈な非難を展開しました。だからというわけでもないでしょうけど、日本政府は英国政府に対して抗議を申し入れ、英国政府はハリファックス外相を通じて行き過ぎがあったことを認めるというやり取りがありました。

 

いずれにせよ、史実では友邦ドイツに対しては面目丸つぶれの感がありましたが、このゲーム世界では、「真・大東亜戦争」の記述も交えて、強烈な反撃に出ます。

 

  1. 「浅間丸、臨検さる」の報告を受けた海軍軍令部は、折よく横浜沖で演習中だった艦隊(司令官・三川軍一少将)『陸奥』『高雄』『愛宕』『夕張』に出動を下命。
  2. 三川艦隊は、八丈島の東南東約100キロの洋上で『リヴァプール』を拿捕。ドイツ人21名を奪還すると同時に、逆に『リヴァプール』乗組員の身柄を拘束。彼らは横須賀まで護送され、さらに横浜の英国領事館に送られて、ただちに釈放。
  3. 英国海相チャーチルが、日本に対して『リヴァプール』の返還と謝罪を要求。
  4. これに対して日本は、「巡洋艦の返還には応じてもよいが、条件として、東経105度(シンガポールのすぐ東)から日付変更線までの全海域で、英国海軍が再び商船の臨検などを行わないと誓約すること」を要求。謝罪要求については黙殺。
  5. ここで米国が仲介(英国への助太刀)に乗り出します。

  6. 米大統領・ルーズベルトから日本に対し「英国が今後、日本船をむやみに臨検したりしないよう説得するので、とりあえず拿捕した巡洋艦を返還し、また英国に対してあまり無茶な要求はしないでもらいたい」との要請。
  7. 日本側の回答「仲介は感謝するが、わが国の立場はすでに英国に対して明確に説明済みである。あとは、彼らがそれにどう答えるかの問題でしかない」
  8. 米国側の回答「日本が、わが国による仲介を受け入れないというのであれば、日米通商航海条約を破棄することも辞さない」

これに対して、日本の外務省の一書記官(西条英俊)が起草したとされる返電が、外交史に残る椿事として、後々まで語り草になった。

 

As you like it.(お好きなように)

 

ただ、この一行だけだったのである。(「真・大東亜戦争」より)


その後、1月26日にハル国務長官が日本の堀内駐米大使を国務省に呼んで、日米通商航海条約の廃棄を通告。6ヵ月後の7月26日に本条約は失効しました(史実では1月26日失効)。

 

(史実での)賓陽作戦

第9ターン。諜報員からの報告が入りました。「英国は新型爆撃機ボーフォート軽爆の配備を開始した模様」とのこと。インド洋の戦いでお目にかかることになりそうです。

 

第10ターン。史実では、1月28日から2月13日までの期間に賓陽作戦が実施されています。連合国の援蒋ルートを遮断されて苦境に陥った蒋介石が、補給路の復活を期して南寧方面に攻勢をかけたため、これを撃退する目的で行われた作戦です。

 

結果は日本軍の圧勝。散々な負けっぷりに激怒した蒋介石は、日本軍の「歩兵須知」を引用して「日本の軍人精神を見習え」と上級指揮官たちを叱責し、そのうち8名を解任したといいます。

 

ちなみに、このゲーム世界では日本軍はまだ南寧を占領していないので、本作戦は実施されません。

 

2月

斎藤隆夫議員 反軍演説

史実での2月2日。立憲民政党の斎藤隆夫議員が、衆議院本会議において対中国政策を批判する演説(いわゆる「反軍演説」)を行いました。そのため、彼は3月7日に議員を除名されましたが、批判の矢面に立っていたとも言うべき畑俊六陸軍大臣は「なかなかうまいことを言うもんだな」と感心していたといいます。

 

YouTube「斉藤隆夫粛軍演説」(←「粛軍」とありますが、正しくは「反軍」です)

 

軍需省設立

当時の内閣は、米内光政予備役海軍大将を首班とする米内内閣ですが、このゲーム世界では、1937年(昭和12年)6月に成立した近衛(文麿)内閣が存続しているものとします。

 

2月初めに内閣改造が行われ、新たに「軍需省」が設けられました。予算のみならず兵器の開発や調達、さらには徴兵や徴用に関しても、監督・指導できるような権限を集中し、「事実上の国防省」として機能させる狙いがあります。これは、大日本帝国憲法における法解釈上の制約から、陸軍省と海軍省を統合して国防省を設立することが不可能であるため、次善の策として講じられた措置です。

大臣は財界から招かれたが、実務の権限は内務省、大蔵省、農商務省から招集された官僚たちに委ねられ、そのトップに立った初代次官が西条(英俊)である。外交官出身だが、戦時経済に関する造詣の深さは他の追随を許さない、ということで指名された。(「真・大東亜戦争」より)

 

パラオでボーキサイト採掘

第5ターン。輸送船団がパラオから呉に戻ってきました。積荷のボーキサイトを陸揚げします。

 

このゲーム世界では、パラオでボーキサイトが採掘されるということになっていますが、本当のところどうなのか調べてみました。
2013年現在の状況は今ひとつ不明ですが、パラオ諸島の主要島であるバベルダオブ島にかつてボーキサイト鉱があったことは間違いないようです。ここで採れたボーキサイトを精錬して作ったアルミニウムが、零戦の製造に供されたという情報もありますので。

 

それと、もう一つ。ボーキサイトの輸送になぜパラオ−呉間の航路を使っているかというと、これはゲームでの兵器仕様の問題。呉−パラオ間の航路が全長3164kmで、船団を構成する中速輸送船が1ターンに航海できる距離が1624km。2ターンをかけてちょうど航行できる距離なので、燃費の点から経済的だと考えたのが理由です。

 

練習巡洋艦『香取』が竣工

第7ターン。横須賀工廠で対空型練習巡洋艦『香取』が竣工。史実では、1940年4月20日に三菱横浜造船所において完成しています。
武装は、14cmL砲×4門、13(12.7)cm高角砲×6門、機銃×38門、爆雷投射器×6門。速力は18ノットということで、当然ながら実際の仕様に準じた数値となっています。

 

『炎龍』起工

第8ターン。川崎重工神戸造船所で『炎龍』起工。1番艦『雲龍』・2番艦『景龍』に続く『雲龍』型航空母艦の3番艦です。

 

第10ターン。情報部より報告。「英国は新型車両マチルダ戦車の配備を開始した模様」

 

3月

『零式輸送機』開発完了

第5ターン。『零式輸送機』開発完了。

 

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米国の傑作旅客機・ダグラスDC3を改修して開発された輸送機です。中島飛行機および昭和飛行機でライセンス生産され、海軍が零式輸送機として採用しました。

 

『零戦21型』開発中止

第6ターン。『零戦21型』の試作品が完成しました…が、搭載エンジンである『栄1型』を試作段階で開発中止としているので、『零戦21型』も試作機のみの開発で終わり。『栄2型』を搭載する『零戦52型丙』の実戦配備は、1941年6月に予定している対ソ連奇襲攻撃には何とか間に合う見込みです。というか、間に合いそうだから『零戦21型』をスルーしたわけですが。

 

3月18日、国内で切符制による米・砂糖の配給が始まりました…とする史料がある一方で、6月からという説もあります。いずれにせよ、流通統制が厳しさを増してきています。早く日中戦争にケリをつけなければ…。

 

情報部より報告。「ソ連は新型爆撃機Su2軽爆の配備を開始した模様」

 

汪兆銘政権 樹立せず

3月30日、史実では、中国の汪兆銘が南京で親日政府(中華民国南京国民政府)を樹立しました。もちろん背後には日本の画策があったわけですが。イタリア・タイ・ヴィシーフランス・満州国・バチカンなどが国家承認しましたが、ドイツは、蒋介石の軍事顧問だったファルケンハウゼンの進言を容れて承認を見送ります(1941年7月承認)。むろん連合国側からの承認はありませんでした。

 

大勢に影響はないので、このゲーム世界では汪兆銘政権の樹立はなし。外交カードとしても使えそうにないし。

 

同日、まったく関係はありませんが、呉市出身の歌人・渡辺直己(わたなべなおき)の短歌集『渡辺直己(わたなべなおき)歌集』が発刊されました。呉市随一の進学校・広島県立呉三津田高等学校の教師でもあったそうですが、1937年(昭和12年)に日中戦争のため応召され、1939年(昭和14年)8月21日に中国の天津で亡くなっています。

 

4月

満州で油田発見!

第1ターン。満州国からとてつもない吉報が届きました。竜江省(現在の黒竜江省北西部)のチチハル(斉斉哈爾)郊外で巨大油田が発見されたという報せです。

 

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ただ、油質としては粘り気の強い重質油と呼ばれる油で、航空用ガソリンには精製しにくいんですよね。ま、ゲーム世界ではそこまで忠実に再現されているわけじゃありませんから。

 

産出量は現時点では1ターンあたり1000トン、つまり月産1万トンしかないので、後々のことを考えて採掘施設を拡張します。それには鉄が大量に必要となるため、鞍山の昭和製鋼所(鞍山製鉄所)からチチハルの油田まで、せっせと鉄道輸送します。

 

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鞍山の昭和製鋼所(鞍山製鉄所)

 

ところで現実世界だと、油田の存在によって中国やソ連をはじめとする各国の対満州戦略が変わってくると思われます。日本にとっては、外交カードとしての満州の価値が上がったことになりますが。

 

史実では、呉工廠において特殊潜航艇(甲標的甲型)第一号が完成しました。以後、乙型・丙型・丁型(蛟龍)が続々と建造されます。

 

『金剛』『霧島』改装工事完了

第2ターン。『金剛』『霧島』の装甲空母への改装工事が完了しました。

 

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最大搭載機は54機。決して多いとは言えませんね。13cm(12.7cm)高角砲16門・25mm機銃48門という武装です。引き続いて改装工事に入る『比叡』『榛名』とともに、おもに殴り込み専門機動部隊の中核を担うことになるかと。

 

霊州→林州

第4ターン。霊州の飛行場能力が300に到達。

 

ところで「霊州」って地名なんですが、山西省の太原から河南省の鄭州に至る鉄道沿線に「霊州」という地名の痕跡を見つけることができないんですよね。

 

いろいろ調べたんですけど、よくわからないので、GSの掲示板に質問を投げてみたところ、阿部デザイナーから山西省の「霊石県」である旨の回答をいただきました。

 

ただ、グランドマップ上では位置的に河南省の林州市あたりになるので、ここにむりやり「霊州飛行場」を設置して運用することとします。

 

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『紅龍』起工

第5ターン。佐世保工廠で『紅龍』起工。雲龍型航空母艦の4番艦です。

 

史実では4月16日、呉工廠に広島県下各地から初めて小学校卒の年少工員2000人が入廠しました。

 

99式襲撃機の生産数

第7ターン。瑞星1型発動機の国家備蓄が855基になりました。これらをすべて99式襲撃機に搭載すると1203機の99式襲撃機ができあがることになりますが、これは史実の生産数2385機の約半数です。

 

今時大戦の序盤から中盤にかけて、対ソ・対中・対英戦で大活躍してもらうことなる爆撃機なので、必要十分な数は確保しておきたいところ。

 

ハイラル(海拉爾)・霊州・漢口にそれぞれ400機ずつ配備しておき、戦線の南下にともなって効率的に回していけばギリギリ足りると思うのですが……“ギリギリ”では危ないので、やっぱ1600機ぐらいは作っておいたほうがいいかな。

 

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