ジェネラル・サポート「太平洋戦記3 最終決戦」の攻略情報は…

1940年(昭和15年) Vol.2

5月

第1ターン(1〜3日)

『99式88mm高射砲』試作完成。構造が簡単で製作に高度な技術を必要としなかったため、防空戦が激化した1942年(昭和17年)から1945年(昭和20年)にかけて500門以上が生産され、高射砲部隊の主力を担いました。

 

しかしこの世界では、対艦攻撃も可能な後継の『3式120mm高射砲』の生産に注力するため、『99式88mm高射砲』は開発中止とします。

 

安東から霊州航空基地まで99式襲撃機を順次移動します。霊州には400機の99式襲撃機を配備する予定でしたが、500機に増強。北支戦線の航空支援に。

 

史実では、5月1日から6月24日にかけて「宜昌作戦」が実施されています。宜昌は重慶まで約480キロと比較的近いため、宜昌作戦は重慶の国民政府内部に大きな動揺をもたらしましたが、このゲームでは宜昌はデータ化されていないので、同作戦の発動もなし。重慶攻略に際しては、南に大きく迂回して、桂林→貴陽から重慶を目指すことになります。

 

第4ターン(10〜12日)

5月10日、欧州では史実どおりドイツ軍が西方電撃戦を開始。オランダ・ベルギー・ルクセンブルクそしてフランスへの侵攻が始まりました。

 

第7ターン(19〜21日)

史実では、5月18日から9月4日にかけて重慶爆撃を実施しましたが、この世界ではもちろんなし。くり返しますが、この時点での戦略爆撃など、軽油と弾薬の浪費です。

 

第8ターン(22〜24日)

アリューシャン方面からの米軍の侵攻に備えて陣地等の整備を行うため、工兵とセメントをホロムシロへ。

 

第10ターン(28〜31日)

香取型練習巡洋艦『鹿島』が三菱重工横浜造船所にて竣工しました。
基準排水量5890トン、最高速力18ノット、武装は14cmL砲×4・13cm高角砲×6・機銃×38・爆雷投射機×6。ゲーム開始直後(1939年9月第6ターン)、対空仕様に設計を変更したので、史実での1944年改装後の武装になっています。

 

欧州情勢。5月26日から6月4日にかけてフランス・ダンケルクからの連合軍撤退作戦(ダイナモ作戦)が実施されました。海軍艦艇はもちろん貨物船や漁船、遊覧船まで860隻の船が緊急手配され、これらに乗り込んで33万人あまりの連合軍将兵が脱出に成功したとのこと。

 

6月

第3ターン(7〜9日)

『98式軽戦車』試作完成。『95式軽戦車』の後継車輛です。装甲板の接合に溶接を取り入れたことにより、最大装甲厚が95式軽戦車の12mmから16mmへと強化されているにもかかわらず、重量が軽くなり速度も向上しました。

 

ゲームデータ上でも、対装甲火力・耐久力・踏破力の点でそれなりに向上していますが、決定的な性能差があるわけでもないので、試作のみで開発中止。

 

第4ターン(10〜12日)

スパイからの報告です。

 

「連合軍はMk4小型レーダーの開発を完了した模様」

 

夜戦時の雷撃命中率が1.1倍されます。日本海軍が得意とする夜戦で、多少分が悪くなります。

 

第5ターン(13〜15日)

欧州の状況。6月9日にフランス政府はパリを無防備都市と宣言して放棄、さらに14日にはドイツ軍がパリに無血入城し、フランス政府はボルドーへ移転しました。

 

YouTube「1940年電撃戦勝利・ドイツ軍のベルリン凱旋帰還」

 

なお、この日、米国では第3次ヴィンソン案が成立し、大西洋・太平洋にまたがる両洋艦隊実現に向けての大建艦計画がスタートしました。日本のマル4計画に対抗してアイオワ級戦艦2隻・エセックス級航空母艦3隻の建造が承認されたはずです。

 

第8ターン(22〜24日)

6月24日、日本政府は英国に対し、ビルマルートおよび香港経由による援蒋(蒋介石に対する支援)行為の停止を要求しました。これに応じて英国は7月12日、ビルマルートを閉鎖。なぜ英国が唯々諾々と日本の要求に従ったのかはわかりません。

 

7月

第1ターン(1〜3日)

欧州の情勢。7月3日、ドイツに降伏したフランスにおいて、第一次大戦の英雄・ペタン元帥を首班とする親独政権が樹立されました。いわゆるヴィシー政権の成立です。しかし、シャルル・ド・ゴール将軍は英国に脱出、自由フランス亡命政権を樹立して、反独闘争を継続します。

 

第2ターン(4〜6日)

中島製の発動機『ハ34-01型』と三菱製の『火星1型』が相次いで完成。『ハ34-01型』は『2式単戦1型甲』や『100式重爆1型』に搭載され、『火星1型』は『2式大艇11型』ほかに搭載されます。

 

ただ、発動機の完成度が60%と低いため、これらを主力航空機に搭載するのは考えもの。というか、生産予定のない航空機の発動機だから、60%で開発を打ち切ったのですが。

 

『2式単戦1型甲』通称『鍾馗』については、『誉1型』発動機を採用する3型しか生産予定はありません。また、敵飛行場の爆撃に最適という評価の高い『100式重爆』ですが、39年シナリオではスルー。さらに『2式大艇』は、五月雨爆撃で敵の対空砲火用の弾薬を消費させるという、やや裏技的な運用が可能ですが、39年シナリオで裏技を乱発するのはいかがなものかと思うので、これもパスします。

 

第5ターン(13〜15日)

『夕雲』型駆逐艦の基本設計完了。『陽炎』型の改良版ですが、駆逐艦の開発は『秋月』型まで最速で進めたいので、開発中止。

 

第10ターン(28〜31日)

諜報員から報告。

 

「米国は新型爆撃機『B25B軽爆』の配備を開始した模様」

 

ドゥリットル空襲に使われた機体として有名です。1stシリーズではドゥリットル空襲らしきイベントはありませんでしたが。

 

ところで、ときどきこのように世界の各地から重要な情報をもたらしてくれる諜報員(スパイ)ですが、諜報員の養成については「真・大東亜戦争」の記述を引用して説明しておきます。

「特別幼年兵」の制度が創設された。

 

(中略)

 

満一五歳になっておれば、形式的に軍隊に志願したことにして、二ヶ月間の基礎教練の後、朝は座学、午後からは体育訓練という生活を三年間続ける。

 

(中略)

 

毎年各地の部隊で一人か二人、三年の学業期間が終わる寸前に、消える生徒がいる。軍籍にも入らなければ課程修了式典にも現れず、不意にいなくなってしまうのだ。消えるのは、英語の成績が優秀で、記憶力に優れ、柔道や空手でも黒帯になったような者に限られていた。

 

実は彼らは、軍から特別の要請を受け、特殊任務に志願したのである。名前を変え、大学に進学することから、任務は始まる。

 

(中略)

 

大学で外国語や地誌を専攻するが、友達づきあいのない、地味な学生を装っていなければならない。しかし一方では、秘かに洋食のテーブルマナーや社交ダンスを教わったり、外国映画を見たり、ボクシングの手ほどきまで受けていた。

 

夏になると、彼ら「特殊学生」は、山梨県の上諏訪温泉にある逓信省の保養所に集められ、暗号法や、市販のラジオを利用して通信機を作る技術、盗聴技術、各種薬剤の取り扱いなどを叩き込まれる。

 

(中略)

 

合宿の後半は、天候が変わりやすいことで知られる長野県の立山連峰に移動し、サバイバル訓練を受けるのだ。

 

(中略)

 

大学卒業後、ある者は高等文官試験を受けて外交官となり、ある者は船会社や商社、銀行、通信社などに就職して、ことごとく海外勤務を希望した。

 

かくして、軍事情報のみならず、政治・経済・科学技術から民族問題まで、幅広い情報を収集すべく、多数の秘密工作員が巣立っていったのである。(「真・大東亜戦争」より)

このようにして、史実よりもかなり早い段階で情報の重要性に着目した日本政府と軍では、英国情報部もかくやと思われるような巧妙・強力な諜報網を、長い時間をかけて世界各地に張り巡らせました。

 

たとえば、スペイン軍情報部から日本にヘッドハンティングされたスパイが組織した諜報網では、米国内のキリスト教会で、牧師に変装したメンバーが軍人や軍需産業関係者から情報を入手するという活動に従事していたとのこと。情報はメキシコに運ばれ、カリブ海に停泊している船からスペインに打電され、スペインの日本大使館から本国に送られていました。

 

こうした強力な諜報網の存在が、戦いの行方に大きな影響を及ぼしていくことになります。

 

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