ジェネラル・サポート「太平洋戦記3 最終決戦」の攻略情報は…

1940年(昭和15年) Vol.3

8月

第3ターン(7〜9日)

8月8日、呉工廠において『大和』の進水式挙行。天皇陛下御臨席の予定があったものの実現せず、1000人あまりの海軍将官および作業員が見守る中、ひっそりと行われました。

 

太平洋戦記,太平洋戦争,大東亜戦争,攻略

呉市海事歴史科学館(大和ミュージアム)展示

 

『大和』の建造に使われたのが、第四ドックです。

 

第7ターン(19〜21日)

史実では、中国山西省・河北省周辺一帯において八路軍が大規模な攻勢を仕掛けてきました。いわゆる「百団大戦」ですが、このゲームではもちろん再現されていません。日本軍によるゲリラ対策が効果を上げたということで脳内解決します。

 

具体的には、

  • 警備兵力を増加するとともに、日本側支配地の村落や鉄道などをトーチカや塹壕で堅固に防衛したこと。
  • 八路軍が使用していた暗号の解読に成功したことにより、八路軍の行動を高い確率で事前に察知できるようになったこと。

八路軍総司令官である朱徳は、1940年7月に延安で開かれた会議の席上、華北での戦闘について「過去3年間に培った基礎をもってすれば最終的には日本軍を一掃できる」などと報告したものの、実際には日本側の対策によってこれといった戦果が上がらなくなっていました。次第に焦りの色を濃くする朱徳。

 

ついに彼は、誤った決断を下して八路軍を崩壊へと導くことになりますが、その話はまたいずれ…

 

第9ターン(25〜27日)

「マル5計画」の臨時予算が承認され、戦時急造型空母・瑞龍型と超甲型巡洋艦の建造が決定しました。

 

さっそく呉工廠にて、祐鳳(ゲーム中では瑞龍)型航空母艦の1番艦『祐鳳』を起工。今作指折りの目玉兵器です。工期が1年3ヶ月という短さに加え、搭載機は72機で翔鶴型空母に匹敵する航空打撃力を持ちますが、問題は防御力。船体が商船構造なので、わずかな被弾が命取りになることがあります。

 

9月

第3ターン(7〜9日)

『2式単戦1型甲』の試作が完成しましたが、以前にも書いたように、『2式単戦』は3型のみ実用化の予定なので、開発中止。

 

第6ターン(16〜18日)

米国内で暗躍する諜報員からの報告。

 

「米国は新型爆撃機『B17D重爆』の配備を開始した模様」

 

米陸軍航空隊の代表的4発重爆です。『B17D』はともかく、後継の『B17E』『B17F』にはかなり苦しめられることになるのでは…という予感。

 

第8ターン(22〜24日)

史実では、9月23日に日本軍が北部仏印進駐。この世界では、まだまだ、そんな段階ではありません。

 

第9ターン(25〜27日)

政・官・軍を巻き込んですったもんだの挙句、締結されました「日独伊三国同盟」
まったく無意味だとは思いませんが、三国の思惑はバラバラだし、とても一枚岩の同盟とは言えません。フランス降伏後、陸軍内で強まった「バスに乗り遅れるな」論に引きずられる格好で飛び乗ってしまいましたが、行き先は地獄だったわけですね。
ただ、この世界では少なくとも地獄には行くことのないように努力します。

 

第10ターン(28〜30日)

史実どおりの9月27日、日本軍は、日中戦争終結のための極秘和平交渉、いわゆる「桐工作」を打ち切りました。中国・重慶政府側の代表として現れた宋子良なる人物は、蒋介石夫人・宋美齢の弟というふれこみでしたが、実は蒋介石系の特務機関・藍衣社の幹部であったとか。

 

「桐工作」は実を結びませんでしたが、和平へのパイプ自体は、国民党内の和平推進派の中心人物である汪兆銘を通して細々と維持されていたことにします。

 

史実では汪兆銘は、蒋介石が主導する長沙焦土戦術に対して明確に反対の意を表したことから蒋介石と対立し、さらに日本側の「汪兆銘工作」(汪を中国側の頭目に祭り上げて講和を図ろうとする和平工作)の動きもあって、1938年12月、国民政府の首都・重慶を離れることになりましたが、この世界では、逆に日本側の説得により、重慶にとどまっていました。

 

結局のところ、日中講和とは即ち蒋介石との和解であり、汪兆銘を首班とする傀儡政権を樹立して和平を装ったところで、重慶に蒋介石がある限りは事態の収束、つまり日中戦争の終結にはならないと日本側は見抜いていました。

 

そうであるなら、汪兆銘はむしろ国民党の内部にあって、党内の対日和平派リーダーとして蒋介石の説得にあたってもらうほうがよい。

 

そこで、蒋介石をはじめとする抗日派・共産党融和派の国民党幹部、そして当時重慶に滞在していた共産党の周恩来やその側近に対しては、汪兆銘ら和平派のメンバーを通して、徹底的な反共キャンペーンが展開されました。

  • 国民党は国共内戦に敗北して台湾に封じ込められること。
  • 共産党政権が樹立された後、大躍進政策・百花斉放/百家争鳴、そして文化大革命によって、国は疲弊のどん底に陥ること。
  • 共産党の功労者たる林彪や劉少奇・彭徳懐が悲惨な死を迎えること。
  • 周恩来の養女が文化大革命で迫害死を遂げること。
  • 周恩来自身についても、毛沢東の妨害で癌の治療が満足に行えず、死期を早める結果となること。
  • 同じ共産主義国家であるソ連とも領土をめぐって敵対関係に陥ること。
  • チベットや東トルキスタンに武力侵攻を行い、世界中から非難を浴びること。
  • いびつな工業化と経済発展にともなって環境汚染物質を撒き散らし、周辺国から顰蹙を買うこと。
  • 強引な対外進出にともなって紛争のタネを撒き散らし、周辺国から顰蹙を買うこと。
  • 一部の成金が海外旅行に出かけては迷惑を撒き散らし、世界中から顰蹙を買うこと。

…など、まだまだありますが、到底書ききれません。

 

この時点での中国要人にとっては、どれもこれも驚愕の内容ですが、何と言っても史実であるだけに説得力は抜群です。最初は「そんなバカなことが…」と一笑に付していた連中も、具体性・整合性・一貫性の高さに、何も言えなくなってしまいました。

 

特に周恩来は、もともと清廉・実直・繊細な人柄だけに、自分の祖国が近い将来そこまで落ちぶれて世界の鼻つまみ者に成り下がってしまうということに大きな衝撃を受けた様子で、彼の中で共産党に対する幻影が崩れ去ったのはこのときだったのかもしれません。

 

なお、これらの情報は連合国側へも巧みにリークされ、主として英米における対中政策に少なからず影響を及ぼすことになります。

 

10月

第5ターン(13〜15日)

陸上対潜哨戒機『東海』開発完了。3式1号潜水艦磁気探知機KMXを搭載しており、2式大艇(120キロ)より広範囲の最大140キロをカバーできます。

 

第6ターン(16〜18日)

史実での10月16日、米国が鉄鋼・屑鉄の対日輸出を禁止しています。
このゲーム世界では禁輸措置発動にいくつかの条件がありまして、いずれ引っかかることになるのが「中国領根拠地の占領」。1箇所占領するたびに40%の輸出制限がかかるようになりますが、これはもう仕方ありません。

 

その他、重油の備蓄が200000トンを超えると20%の輸出制限がかかるとか、いろいろあります。軽油や弾薬、他の資源・物資の備蓄については調べていないので、わかりません。

 

10月17日、呉市の東隣・広村大新開に広海軍工廠工員養成所が開設されました。約半年後の1941年(昭和16年)4月21日、広村は賀茂郡仁方町とともに呉市に編入されることになります。

 

太平洋戦記,太平洋戦争,大東亜戦争,攻略

呉市海事歴史科学館(大和ミュージアム)展示

 

第7ターン(19〜21日)

防空駆逐艦『秋月』開発終了。空母機動部隊の防空直衛用に建造された大型駆逐艦です。

 

第10ターン(28〜31日)

発動機『栄2型』に致命的欠陥が見つかってしまいました。その結果、開発期間が約1ヶ月半の延長(開発ポイントでは48ポイントの増加)。この“致命的欠陥”、史実と比較してあまりにも開発ペースが早いと発生するようです。

 

祐鳳型空母の2番艦『海鳳』を横須賀工廠で、秋月型駆逐艦の1番艦『秋月』を呉工廠(史実では舞鶴工廠)で、それぞれ起工しました。

 

11月

第1ターン(1〜3日)

『瑞星2型』発動機が完成度100%で実用化されました。『2式複戦』用の発動機で、今回は『2式複戦丁』を実戦配備します。

 

『1式機動47mm対戦車砲』の試作が完成しましたが、対戦車砲は『3式機動57mm対戦車砲』まで実用化しない方針なので、開発中止。

 

第4ターン(10〜12日)

神武天皇の即位から2600年に当たるとされる1940年(昭和15年)11月10日、宮城前広場において内閣主催の式典が開催されたほか、全国各地で記念行事が催されました。呉市では二河公園で「紀元2600年奉祝式」が行われています。

 

第8ターン(22〜24日)

11月23日、御前会議で『支那事変処理要綱』を決定。ただ、その内容は史実とは大きく異なっています。

 

史実では、汪兆銘の南京政府を承認し、積極的に支援する一方で、あくまで重慶政府の屈服を目指して長期戦も辞さずというもの。しかし以前にもふれましたが、このゲーム世界では、日本は汪兆銘政権の成立には動いていません。あくまで対中講話のターゲットは蒋介石。条件を緩和してでも重慶政府と休戦協定・単独講和を結び、中国を連合軍から脱落させることを狙います。

 

一方で、国民政府と米国の離間工作にも抜かりはありません。

 

在華米国大使館附陸軍武官で蒋介石の参謀役であるジョセフ・スティルウェル。参謀とは言いながら、彼は国民革命軍の腐敗と弱小ぶりを見抜いていましたが、日本は工作員を通じてスティルウェルや国務省筋に密かに働きかけ、ルーズベルトが蒋介石に対する支援を手控えて、中国におけるもう一つの勢力・共産党に注目するように仕向けました。

 

もともとルーズベルトはややソ連寄りで、その周辺には共産スパイが少なからず潜入していたという話もあります。

 

さて、ルーズベルトから袖にされた蒋介石。彼は彼で、この時期、米国からの物資が不足していることに大いに不満を抱いており、米国に対する失望と不信の念を強めています。両者の間に吹き始めたすきま風をうまく利用し、蒋介石が日本との単独講和に傾くことを期待して、数々の工作のタネを蒔いていきます。

 

12月

第4ターン(10〜12日)

12月10日、英国が国民政府(重慶政府)に1000万ポンドの借款を供与すると、その翌日にはソ連が1億元の借款を供与。おまけに1週間後には、英国が援蒋ルート(ビルマルート)を再開しました。米国の冷淡さとは裏腹に、どういうわけか対中支援が活発化しています。対中軍事作戦の発動を前に、あまり望ましくない傾向ですね。

 

第9ターン(25〜27日)

栄2型発動機の完成度が60%を超過。これで4月末完成のめどがつきました。

 

ページの先頭に戻る
《→ 1941年(昭和16年) Vol.1 に続く》

太平洋戦記3 最終決戦

大戦略 大東亜興亡史-ニイタカヤマノボレ一二〇八-

KOEI The Best 提督の決断4




ホーム 入門編 基礎編 発展編 プレイレポート