ジェネラル・サポート「太平洋戦記3 最終決戦」の攻略情報は…

1941年(昭和16年) Vol.2

4月

第1ターン(1〜3日)

油田発見から1年経過。採掘量は月産3099トン。採掘施設の整備・拡張によって、発見時の3倍に増えています。

 

第5ターン(13〜15日)

4月13日、モスクワにおいて、モロトフ・ソビエト外務人民委員(外相)と、日本の松岡洋右外相および建川美次・駐ソ特命全権大使が、日ソ中立条約に調印しました。

 

松岡外相の思惑は、日独伊三国軍事同盟に続く日ソ中立条約の締結により、ソ連を枢軸国側に引き入れ、最終的には日独伊ソの四国同盟を構築することで、米英に対抗することというものでしたが、残念ながらこの構想も「バルバロッサ」によって空中分解してしまいます。

 

どのみち、この条約はまったくアテになりませんし、アテにもしていません。「条約の有効期限は、破る瞬間まで」というのが、当時の世界の実情だし。一時的な掛捨て保険、または米英に対する牽制みたいなものですね。

 

第6ターン(16〜18日)

ノモンハン事変で初陣を飾った『97式中戦車』が、ソ連の『BT7戦車』にまったく歯が立たなかったことから、攻撃力強化版として開発されたのが『97式中戦車改』です。

 

ただ、このゲーム的には、開発期間が長いことと、後継の『1式中戦車』に比べて耐久力でかなり見劣りすることから、試作のみで開発中止。『1式中戦車』の実用化を急ぎます。

 

ドイツ国防軍情報部(アプヴェーア)の周辺に潜入している諜報員からの情報によると「ユーゴスラビアで発生した政変の影響で、バルバロッサ作戦の発動が1ヶ月あまり延期される模様」です。

 

「ユーゴスラビアで発生した政変の影響」とは、クーデターによって親独政権が崩壊、激怒したヒトラーがユーゴスラビア侵攻を命じ、ドイツ軍をはじめとする枢軸軍は、わずか11日間でユーゴ全土を制圧したというもの。

 

ちなみに、1935年からアプヴェーアの部長を務めたヴィルヘルム・カナリスをはじめ、当時の情報部には反ナチスのメンバーが多く含まれていました。情報部のねじれ現象を利用して組織の内部に食入り、数々の極秘情報をもたらした無名の和製諜報員、殊勲です。

 

第7ターン(19〜21日)

『栄2型』発動機、待望の実用化。同発動機を搭載する『零戦52型丙』『99式双軽2型』の開発も相次いで完了。計画どおり、対ソ開戦に間に合いました。急ぎ量産体制に入ります。

 

5月

第6ターン(16〜18日)

「戦標(戦時標準)輸送船」の開発が終了。大量生産を前提にした統一規格船で、起工から竣工までわずか2ヶ月。速度は決して速くありません(巡航9ノット)が、燃費(約406キロの航海に必要な重油)9トン・航続距離19082キロ・積載量10200トン、おまけに機銃12門搭載という、優れものです。主として蘭印の資源地帯を巡回する船団を編成します。

 

第10ターン(28〜31日)

史実では、5月7日〜6月15日に山西省南部で中原会戦(百号作戦)が実施されています。日本軍対中国国民革命軍(国府軍または重慶軍)の戦闘で、日本軍が大勝利を収めました。しかし結果的には、一掃された国民革命軍の代わりに八路軍の跳梁を許すこととなり、泥沼のゲリラ戦に引きずり込まれてしまいます。

 

この世界では、むろん中原会戦はなし。霊州防衛線での誘引迎撃に徹します。

 

6月

第2ターン(4〜6日)

英国内の諜報員からの情報。

 

「新型戦闘機『シーハリケーン艦戦』の配備を開始した模様」

 

速度と防御力は『零戦52型丙』と互角、火力は『シーハリケーン』が上回り(20ミリ機銃×4)、旋回性能と航続力は『零戦52型丙』が優れています。

 

第3ターン(7〜9日)

明石型工作艦の3盤艦『桃取』が、川崎重工神戸造船所にて竣工しました。

 

モスクワのクレムリン周辺およびソ連極東領のハバロフスクで暗躍している諜報員から、相次いで符合する情報がもたらされました。

 

「スターリン書記長がソ連極東軍第1軍団司令官・エレメンコ中将に対し、満州における威力偵察を指示した」とのこと。

 

具体的には、満州北西部・ハイラルの西北西約100キロの地点にまでソ連軍特殊工作部隊を侵入させ、満州鉄道の破壊工作を試みる予定、という情報までキャッチしました。

 

日本軍にソ連への侵攻意図があるか否かを確認するのが目的でしょう。日本軍が動かないようであれば、精強なシベリア軍団を対独戦に投入する選択肢も視野に入れるつもりと思われます。ソ連赤軍首脳部は、英米からもたらされたバルバロッサの情報にあまり信憑性を感じていませんでしたが、それでも万が一を考慮した布石ということでしょうか。

 

いずれにせよ、日本としてはこの威力偵察を利用して強烈な逆撃に出るつもりです。ちょっとした火遊びのつもりで大火傷を負うのは、スターリン。ノモンハンの恨み、ここで晴らさせていただきます。

 

第7ターン(19〜21日)

気がつくと、霊州要塞での誘引迎撃戦が37回を数えていました。キルレシオが凄いことに。史実の日中戦争を彷彿させる数字です。

 

第37次霊州防衛戦
日本軍参加兵力:兵員18 火砲822 車両0 後方0
日本軍損害:兵員7 火砲8 車両0 後方0
連合軍参加兵力:兵員1242 火砲0 車両0 後方3600
連合軍損害:兵員466 火砲0 車両0 後方717

 

民間人の一時疎開もほぼ完了し、いよいよ対ソ戦の準備の最終段階に入ります。

 

チャムス・東安は放棄して第5軍9個師団の兵力を牡丹江に集中、孫口は第4軍7個師団で守りを固めます。当初は孫口に4個師団、チャムスと牡丹江に3個師団の配置で大丈夫だろうと考えていましたが、兵棋演習(?)でハバロフスクからソ連軍5個師団がチャムスに侵攻してきたということがありますので。

 

ちなみに、史実の帝国陸軍の編成はほとんど考慮していないので御了承ください。ゲームを進めるにあたっての便宜的・感傷的編成です。

 

ハイラルと安東には爆撃機を配備、開戦劈頭にそれぞれボルジャとウラジオストックの飛行場を叩きます。最初にウラジオストックを叩いて日本本土空爆の脅威を除去するつもりでしたが、これまた兵棋演習で、ソ連軍が反撃の第一目標として、ボルジャ配備の爆撃機でハイラル航空基地を狙う可能性が高まったので、先手を打ってボルジャを叩くことにします。

 

太平洋戦記,太平洋戦争,大東亜戦争,攻略

(C)GENERAL SUPPORT

 

敵の航空兵力を潰した後に、ハイラルから第3軍10個師団をソ連領内になだれ込ませ、ボルジャ→カルイムスカヤ→ネルチンスクと一気呵成に突破する予定。今次作戦を「露(ろ)号作戦」と呼称します。わかり易すぎてまったく秘匿作戦名にはなっていませんが、まあいいでしょう。

 

第8ターン(22〜24日)

情報どおり、6月22日未明、ハイラルの西北西約90キロの地点(満州国領内)を通る満州鉄道の沿線で、日本軍の警備部隊が、破壊工作を試みるべく越境侵入したソ連赤軍特殊工作部隊を発見。銃撃戦となりました。

 

当該地域の防衛を担当する第53師団から、司令部直属の『1式斥候自動車』10台が出動。馬に跨って逃走する敵を国境線の5キロ手前まで追跡して、ソ連領内に逃げ込んだことを確認。報告は第53師団司令部から第3軍に、さらに東京の陸軍参謀本部にリレーされました。大本営ではかねてからの手筈どおり、ソ連への侵攻を決定。第3軍司令部がハイラル基地の航空隊に出撃命令を下しました。ついに「露号作戦」発動です(くり返しますが、陸軍の編成と配置については追及しないでください)。

 

190機の『零戦52型丙』に護衛された同数の『99式襲撃機』(200機ずつ出撃させるつもりでしたが、各10機が故障で発進できず)がハイラル航空基地から飛び立ち、ボルジャの上空に殺到。合計380機の航空機がボルジャの空を覆います。

 

迎撃に上がってきたのは『I-153戦』。ポリカールポフ設計局が設計した「究極の複葉戦闘機」、そう“複葉機”です。いくら優秀な機体でも、零戦の敵ではありません。

 

第1次ボルジャ爆撃戦
日本軍攻撃隊:戦闘機190機 爆撃機190機
撃墜:戦闘機1機 爆撃機11機
連合迎撃総数:戦闘機73機
撃墜:戦闘機 57機
戦果:兵員3 飛行場163低下 戦闘機23 爆撃機29

 

戦闘機同士のキルレシオは1:57。さらに『99式襲撃機』は滑走路に爆弾をばらまいて、飛行場を使用不能に。

 

安東航空基地からは『零戦52型丙』108機『97式重爆』80機『96式陸攻2型』96機が、900kmの距離をものともせずにひとっ飛び、ウラジオストックの飛行場に爆弾の雨を降らせます。

 

第1次ウラジオストック爆撃戦
日本軍攻撃隊:戦闘機108機 爆撃機176機
撃墜:戦闘機7機 爆撃機20機
連合迎撃総数:戦闘機81機
撃墜:戦闘機34機
戦果:兵員6 飛行場270低下 戦闘機21 爆撃機50

 

これで本土空爆の危険はとりあえず回避。なお、爆撃の際に、ウラジオストック軍港に巡洋艦2隻・小型艦12隻・潜水艦16隻が在泊していることを確認しました。万一、この艦隊が出撃してきても、佐世保にいる水上打撃部隊で十分対処可能です。

 

第2次ボルジャ爆撃戦
日本軍攻撃隊:爆撃機 380機
撃墜:爆撃機11機
戦果:陣地1245低下 兵員3 火砲1 後方70

 

第2次爆撃で陣地を叩いた後に、ハイラルから第3軍10個師団がソ連領になだれ込みました。

 

第1次ボルジャ攻略戦
日本軍参加兵力:兵員2430 火砲834 車両238 後方4427
日本軍損害:兵員219 火砲34 車両22 後方0
連合軍参加兵力:兵員894 火砲746 車両243 後方4820
連合軍損害:兵員239 火砲150 車両98 後方170
ボルジャ占領(第3軍)

 

ボルジャ空爆から占領に至る「露1号作戦」終了です。ちなみに、ウラジオストック空爆を「露2号作戦」、カルイムスカヤ攻略を「露3号作戦」、ネルチンスク攻略を「露4号作戦」と呼称します。軍の編成と配置だけでなく、作戦名もフィーリングにもとづくネーミングです。

 

ところで、最初に火遊びを仕掛けた形となったソ連軍、極東軍司令官のエレメンコ中将をはじめとする首脳部は唖然呆然でしょう。報告を受けたモスクワのスターリンも。

 

単なる威力偵察のつもりが、あっという間に宣戦布告なき(ゲーム上では日本が対ソ宣戦布告しましたが)全面戦争に発展してしまいました。スターリンは、最も憂慮していた二正面作戦の窮地に、自ら足を踏み入れてしまったわけですね。とんだやぶ蛇です。

 

もちろん、ソ連もやられっぱなしというわけではなく、ハバロフスクとイマンからの侵攻でチャムス・東安が陥落。また、無防備となった敷香・大泊も無血占領され、樺太(サハリン)全島がソ連軍の手に落ちました。

 

さて、ハイラル基地。出撃可能な『99式襲撃機』62機を76機の『零戦52型丙』が護衛して、カルイムスカヤを爆撃。「露3号作戦」発動です。

 

第1次カルイムスカヤ爆撃戦
日本軍攻撃隊:戦闘機76機 爆撃機62機
撃墜:戦闘機5機 爆撃機10機
連合迎撃総数:戦闘機52機
撃墜:戦闘機37機
戦果:兵員10 火砲1 後方40

 

この「カルイムスカヤ」という拠点ですが、複数の地図を探しても見当たりません。いろいろ調べたところ、シベリア鉄道と、旧東清鉄道に接続する満州里支線(?)との分岐駅の名前ではないかと。そうすると、カルイムスカヤは、ネルチンスクとチタの間に位置することになり、ゲームのグランドマップ上の位置関係とはまったく異なってしまいます。

 

中国・霊州の位置も微妙に違っていましたし、Googleマップ等の画像を掲載しながら妄想戦記を書き進めている私としては、少なからず困ってしまいます。何か意図があっての措置なんでしょうけど。

 

そうそう。忘れていましたが、ドイツ軍も予定どおり「バルバロッサ作戦」を発動。ソ連は一時的に東西から日独に挟撃されることになります。

 

ページの先頭に戻る
《→ 1941年(昭和16年) Vol.2 に続く》

太平洋戦記3 最終決戦

大戦略 大東亜興亡史-ニイタカヤマノボレ一二〇八-

KOEI The Best 提督の決断4




ホーム 入門編 基礎編 発展編 プレイレポート