ジェネラル・サポート「太平洋戦記3 最終決戦」の攻略情報は…

1941年(昭和16年) Vol.3

6月

第9ターン(25〜27日)

前ターンから3回にわたってカルイムスカヤを爆撃。これは陣地破壊よりも陸上兵力に直接ダメージを与えることが目的です。ただ、歩兵112個分隊を撃滅したところで、整備済みの『99式襲撃機』をすべて使い切ってしまいました。

 

覚悟を決めて、ボルジャからカルイムスカヤに侵攻。

 

第1次カルイムスカヤ攻略戦
日本軍参加兵力:兵員2184 火砲800 車両216 後方427
日本軍損害:兵員7 火砲0 車両1 後方0
連合軍参加兵力:兵員860 火砲657 車両131 後方3889
連合軍損害:兵員14 火砲59 車両1 後方191
カルイムスカヤ占領(第3軍)

 

幸いなことに、ソ連軍は「死守」を選択することなく、あっさりとネルチンスクに撤退。そうです。命は大切です。

 

第10ターン(28〜30日)

 

『3式機動57mm対戦車砲』の開発が完了。史実では、威力不足のため、1943年6月30日に開発中止となりましたが、それより2年早い現時点では、まだ活躍の余地はありそうです。

 

ウラジオストックで飛行場の修復が終わり、重爆の離着陸が可能になった模様。ソ連の工業力、侮れませんな。さっそく再度の爆撃。

 

第2次ウラジオストック爆撃戦
日本軍攻撃隊:戦闘機160機 爆撃機72機
撃墜:戦闘機11機 爆撃機8機
連合迎撃総数:戦闘機74機
撃墜:戦闘機42機
戦果:兵員2 後方1 飛行場80低下 戦闘機1 爆撃機26

 

プサン港外で、輸送船団がなんと敵潜と遭遇。ウラジオストックに停泊していた潜水艦です。船団護衛の任にあたっていた対潜掃討部隊(水上機母艦『瑞穂』以下、千鳥型水雷艇4隻と鴻型水雷艇6隻の計11隻)できっちり掃討。

 

潜水艦 シチ107 爆雷により沈没
潜水艦 シチ106 爆雷により沈没
潜水艦 シチ108 爆雷により沈没
潜水艦 シチ105 爆雷により沈没

 

太平洋戦記,太平洋戦争,大東亜戦争,攻略

 

いよいよ露号作戦の最終フェーズである「露4号作戦」の発動です。

 

例によって爆撃ですが、爆装での航続距離が450キロしかない『99式襲撃機』は今次作戦には動員できず。『99式双軽2型』の出番です。

 

第1次ネルチンスク爆撃戦
日本軍攻撃隊:戦闘機47機 爆撃機159機
撃墜:戦闘機1機 爆撃機17機
連合迎撃総数 戦闘機12機
撃墜:戦闘機12機
戦果:陣地80低下 兵員45 火砲41 車両5 後方272

 

カルイムスカヤと同様、陸上兵力へのダメージを狙った爆撃です。次いで、第3軍10個師団がネルチンスクに侵攻。

 

第1次ネルチンスク攻略戦
日本軍参加兵力:兵員2177 火砲600 車両0 後方4427
日本軍損害:兵員226 火砲34 車両0 後方0
連合軍参加兵力:兵員1526 火砲1170 車両386 後方5295
連合軍損害:兵員228 火砲136 車両53 後方0
ネルチンスク占領(第3軍)

 

約1個師団分の兵力が戦死・戦傷によって戦闘力を喪失するという激戦になりましたが、どうにかネルチンスクを攻略。

 

当初は、もう1ターン待って侵攻する予定だったんですけどね。というのは、次の7月第1ターンでチチハル油田と鞍山製鉄所の増築に着手しておけば、対ソ講和後の非武装地帯撤兵期間(15ターン)中に増築が終わって万々歳というもくろみだったのです。撤兵期間中は新たな増築工事はできないので。

 

しかし、ソ連赤軍の大規模な増援がチタ方面から迫ってきているという情報があり、下手に欲を出したばかりにネルチンスク攻略が頓挫したのでは洒落にならんので、今回の増築はあきらめます。

7月

第1ターン(1〜3日)

日本軍のネルチンスク占領を受けて開催された日ソ和平交渉。日本の関東軍総司令官・梅津美治郎大将とソ連のザバイカル戦線司令官ミハイル・コワリョフ上級大将が、満州のハルビンで会談しました。

 

日本としては、これ以上、戦闘を長引かせて支配下地域を多少広げたところで、戦略的メリットはありません。北サハリンのオハを奪えるなら話は別ですが、樺太からは一時的とはいえ全面撤退しているので、それは無理だし。不戦条約の締結によって、戦争目的である「ソ満国境に展開する防衛力の転用」「原油取引の安定化」が実現できれば、もはやソ連と事を構える必要はないのです。

 

一方のソ連ですが、西方ではドイツ軍の奇襲攻撃に続く電撃的侵攻にさらされているものの、スターリンをはじめとするソ連赤軍首脳部は緒戦の大敗を決定的な事態とはとらえておらず、精強シベリア軍団をただちにモスクワ防衛に転用するような動きもありません。

 

ただ、日本をはじめとする枢軸側の工作員が、政治的に不安定な中央アジアで反ソ暴動を起こすべく暗躍しているとか、ソ連の宿敵とも言うべきトルコが枢軸側から参戦するように働きかけているとか、看過できない情報が次々とクレムリンに届けられており(もちろん意図的なリーク)、スターリンが神経を尖らせていることは事実です。

 

万一それらの工作が成功し、トルコから中央アジアにかけての地域で新たな戦線を開かざるをえなくなったら…。さらに、それを好機として日本軍が極東での戦闘を拡大するような動きに出たら…。さすがのソ連赤軍としても「三正面作戦」ともなれば悪夢以外の何物でもなく、そこまで情勢が悪化する以前に、収束できる戦線は片付けてしまわなければなりません。

 

…ということで、可及的速やかに戦争を終結させたい日ソの思惑が一致しました。とりあえず戦闘を停止。領土等は戦闘勃発以前の状態に復した上で、3週間後、日ソ中立条約をいったん無効として、改めて日ソ不戦条約(ハルビン条約)が締結されることになります。

 

同盟国ドイツはよい顔をしないと思いますが、まあ、知ったこっちゃありません。「バルバロッサ」に呼応してのソ連奇襲攻撃でしたが、表向きは偶然ということになっているし、そもそも同盟国であるわが国に何の断りもなく、勝手にソ連と戦争を始めたのはどこの誰だって話だし。

 

第2ターン(4〜6日)

『月光23型夜戦』開発完了。

 

史実では、操縦席の後方に斜銃を装備して、敵重爆の下方から弾薬庫を狙うという画期的なコンセプトで活躍した戦闘機ですが、約2週間後に完成予定の『2式複戦』と比較すると、速度・防御力・火力・燃費など、多くの点で『2式複戦』に軍配が上がります。航続距離についてはさすが海軍機である『月光23型夜戦』が一見優位ですが、これまた爆装では『2式複戦』のほうが長くなります。高性能エンジン『栄2型』を2発装備しているのに。

 

第3ターン(7〜9日)

第40次霊州防衛戦
日本軍参加兵力:兵員15 火砲817 車両0 後方0
日本軍損害:兵員5 火砲7 車両0 後方0
連合軍参加兵力:兵員554 火砲195 車両0 後方3501
連合軍損害:兵員119 火砲52 車両0 後方54

 

史実では、ちょうどこの時期に「関東軍特種演習」と呼ばれる兵力増強=対ソ牽制が行われていますが、この世界では、もちろん実施の必要なし。

 

日本軍がソ満国境で示威行動を行ったために、モスクワ防衛用の兵力をシベリアから転用することができなかった、などと言いがかりにも等しい難癖をつけられては、かないません。

 

それを論拠として、日ソ中立条約期限切れ以前の対日参戦を正当化した史実のように、下手に言質を与えると満州侵攻を正当化しかねませんから。

 

第4ターン(10〜12日)

ここのところ、霊州近辺はずっと雨続き。霊州(地形:湿地)の場合、雨になると防御側が+25の耐久力修正を受けるので、誘引迎撃の効果は上がるわけですが。

 

1月第6ターン(16〜18日)から40回にわたる誘引迎撃で、約12000分隊の八路軍歩兵を撃破した結果、ここに至ってほぼ増援がなくなりました。無尽蔵かと疑うばかりの中国の人的資源も、ついに枯渇してしまったようです。

 

ここまでの日本軍の損害は879歩兵分隊なのでキルレシオは上々なのですが、弾薬の消費がかなり負担になってきました。ということで、これを以って立1号作戦を終了。立2号作戦(鄭州の陣地爆撃)および立3号作戦(鄭州攻略)を相次いで発動し、一気にカタをつけます。

 

第1次鄭州爆撃戦
日本軍攻撃隊:爆撃機285機
撃墜:爆撃機2機
戦果:陣地1025低下 兵員6 後方20

 

第2次鄭州爆撃戦
日本軍攻撃隊:爆撃機190機
撃墜:爆撃機3機
戦果:陣地660低下 兵員4 後方10

 

霊州航空基地の『99式襲撃機』をほぼ総動員して陣地に猛爆撃を加えたあと…

 

第1次鄭州攻略戦
日本軍参加兵力:兵員2376 火砲1200 車両424 後方4500
日本軍損害:兵員11 火砲3 車両3 後方0
連合軍参加兵力:兵員1839 火砲509 車両0 後方7116
連合軍損害:兵員53 火砲49 車両0 後方250
鄭州占領(第2軍)

 

史実での鄭州攻略は、1944年4月19日、大陸打通作戦の冒頭で行われました。この世界では約3年も早く実施されたことになります。

 

米国内諜報員からの報告。

 

「米国は新型車両M3軽戦車の配備を開始した模様」

 

第二次大戦における米陸軍の代表的軽戦車で、一般に『スチュアート戦車』として知られています。

 

第5ターン(13〜15日)

前ターンで鄭州を攻略した第2軍、そのまま西進して古都・洛陽に突入(立4号作戦)。歴代の中国王朝の都となった史蹟の多い町なので、第2軍総司令官・西尾寿造大将は、攻撃に際して極力それらを破壊することのないように厳命しました。

 

第1次洛陽攻略戦
日本軍参加兵力:兵員2365 火砲1197 車両305 後方4500
日本軍損害:兵員0 火砲0 車両0 後方0
連合軍参加兵力:兵員1733 火砲448 車両0 後方6872
連合軍損害:兵員47 火砲12 車両0 後方230
洛陽占領(第2軍)

 

これを以って「立(1〜4)号作戦」終了。

 

洛陽占領によって鄭州に潜入する共産ゲリラの数が減り、治安の回復が急ピッチで進むはず。治安度が70以上にならない(=共産ゲリラが跳梁跋扈している状況)と、鉄道工事を始めることができないのです。

 

第6ターン(16〜18日)

南昌航空基地から、のべ500機近い『99式襲撃機』による爆撃を実施。

 

第1次長沙爆撃戦
日本軍攻撃隊:爆撃機241機
撃墜:爆撃機1機
戦果:陣地965低下 兵員6 後方10

 

第2次長沙爆撃戦
日本軍攻撃隊:爆撃機216機
撃墜:爆撃機1機
戦果:陣地825低下 兵員6 後方20

 

軽油がもったいないし対空砲火もないので、弾除け用の戦闘機を随伴していません。

 

第7ターン(19〜21日)

『2式複戦丁』開発完了。陸軍が制式化した唯一の双発戦闘機で、通称『屠龍』。

 

一撃離脱戦法を旨とする長距離侵攻戦闘機として開発されましたが、史実での活躍の場は、夜間の米重爆迎撃戦でした。ゆえに、おそらく対英戦で使われることはなく、この機の真価が発揮されるのは米国参戦以降になるかと思われます。

 

満州の孫口で防衛の任にあたっていた第4軍(司令官・山田乙三大将)。対ソ戦終結後、南満州鉄道で大連まで移動し、そこから20隻あまりの輸送船に分乗して海路上海まで移動してきました。大陸打通作戦:秘匿名・彗(すい)号作戦の先鋒を務めることになります。

 

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第1次長沙攻略戦
日本軍参加兵力:兵員2430 火砲559 車両17 後方4500
日本軍損害:兵員0 火砲0 車両0 後方0
連合軍参加兵力:兵員1131 火砲231 車両0 後方2850
連合軍損害:兵員1 火砲0 車両0 後方0
長沙占領(第4軍)

 

作戦番号では「彗2号」となっていますが、最初に発動・終了してしまいました。第4軍10個師団での攻勢に国府軍は抗うことなく、長沙から撤退。

 

第8ターン(22〜24日)

函館船渠釧路工場で雲龍型空母の1番艦『雲龍』が竣工しました。

 

太平洋戦記,太平洋戦争,大東亜戦争,攻略

 

史実では横須賀工廠で建造されましたが、量産型空母というわりには工期が長く、丸2年の時間を費やしています。

 

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