ジェネラル・サポート「太平洋戦記3 最終決戦」の攻略情報は…

1941年(昭和16年) Vol.5

8月

第7ターン(19〜21日)

米国内諜報員からの報告。

 

「米国は新型戦闘機P39D戦の配備を開始した模様」

 

太平洋戦記,太平洋戦争,大東亜戦争,攻略

 

報告は次のように続いていました。

 

「米陸軍の戦闘機開発における体質的欠陥の代表例とも言うべき機体。運動性能を極度に軽視した低性能機で、英国に輸出されたものの、審査の段階で英軍当局者が激怒。大部分が米国へ送り返されたという、いわくつきの欠陥機」

 

数人のプレイヤーの方から情報は得ていたのですが、来陽攻略戦で興味深い事象を確認しました。

 

楽昌から来陽に突入する際、意図的に参加兵力を1個連隊規模(81歩兵分隊)に限定して攻勢をかけたところ、来陽には敵の歩兵分隊が1326も駐留していたのに、どういうわけか無抵抗で投降。

 

一方、試しに日本軍が10個師団で全力編成すると、敵も相応の大兵力で迎撃してくるのです。

 

この時の来陽の陣地規模は0で、陣地レベルも当然0。

 

うらマッハさん他からの情報では「中国軍はある程度の陣地レベルが確保できている場合、迎撃兵力を小出しにする傾向がある」とのことでしたが、日本軍としては、敵の陣地レベルが0の場合は大兵力で攻勢をかけるべきではない、ということも言えるのでしょうか。

 

ただ、今回の来陽攻略ですが、来陽の北に位置する衡陽がすでに日本軍の支配下に入っているため、中国軍としては退却可能な根拠地はないわけで、投降するか全滅するかどちらかの選択肢しか残されていなかったという事情も関係しているものと思われます。

 

もっとも、中国軍に限らず連合軍は、前衛の歩兵が少ない場合は前衛&後衛の火砲の数も比例して少なくなるので、日本軍が兵力の構成比率を、歩兵少数・火砲多数とすると、わりと楽に勝てるようです。

 

第1次来陽攻略戦
日本軍参加兵力:兵員81 火砲980 車両92 後方150
日本軍損害:兵員0 火砲0 車両0 後方0
連合軍参加兵力:兵員0 火砲0 車両0 後方0
連合軍損害:兵員0 火砲0 車両0 後方0
来陽占領(第5軍)

 

これを以って「藍号作戦」終了。第5軍はそのまま北上、衡陽→桂林を経由して、第4軍攻略後の貴州省方面に向かいます。

 

「彗5号作戦」発動。

 

第1次桂林攻略戦
日本軍参加兵力:兵員243 火砲746 車両17 後方450
日本軍損害:兵員15 火砲34 車両0 後方0
連合軍参加兵力:兵員1207 火砲599 車両70 後方10133
連合軍損害:兵員53 火砲6 車両38 後方10
桂林占領(第4軍)

 

広西省(現広西チワン族自治区)の中心都市・桂林を占領。桂江東岸の岩山群を攻略して桂林盆地を見下ろした日本軍の兵員は、奇峰・怪岩が林立する光景に驚きの声を上げたといいます。

 

太平洋戦記,太平洋戦争,大東亜戦争,攻略

Photo by チャイ語なび

 

桂林攻略戦に投入した兵力は1個師団。陣地規模1564・陣地レベル0.5/0.8でしたが、わずか15歩兵分隊の損害で攻略に成功しました。

 

第8ターン(22〜24日)

のべ800機の『99式襲撃機』による爆撃で、陣地をある程度破壊しておいて…

 

第1次独山攻略戦
日本軍参加兵力:兵員243 火砲627 車両17 後方900
日本軍損害:兵員18 火砲30 車両0 後方0
連合軍参加兵力:兵員1119 火砲551 車両16 後方10521
連合軍損害:兵員49 火砲24 車両10 後方10
独山占領(第4軍)

 

この地に飛行場を整備して、重慶攻略を支援します。

 

ちなみに、独山から重慶・成都を経て綿陽までの攻略を目指す作戦を「結(けつ)号作戦」を称します。日中戦争を終結させるという決意を込めてのネーミングです。

 

ようやく西安の飛行場が整備され、零戦50機あまりが出撃可能になったので、さっそくこれをもって重慶を攻撃。

 

第1次重慶爆撃戦
日本軍攻撃隊:戦闘機51機 偵察機15機
撃墜:戦闘機1機 偵察機0機
連合迎撃総数:戦闘機6機
撃墜:戦闘機6機
戦果:戦闘機1 爆撃機11

 

重慶の『B10軽爆』を破壊するのが目的でしたが、30機あまりのうち11機しか地上撃破できず。残り20機で西安爆撃に来なければ、放置していてもいいんですけどね。

 

第9ターン(25〜27日)

甘粛・青海地方に霧が発生。まさしく天佑です! 霧が発生すると、根拠地の耐久力修正が大幅に低下するので、攻撃側が俄然有利になります。蘭州は地形が「山地」なので、+10の耐久力修正は如何ともしがたいところですが。

 

いずれにせよ好機には違いないので「殲5号作戦」発動。

 

第1次蘭州攻略戦
日本軍参加兵力:兵員243 火砲802 車両0 後方450
日本軍損害:兵員14 火砲12 車両0 後方0
連合軍参加兵力:兵員952 火砲408 車両20 後方7207
連合軍損害:兵員53 火砲9 車両11 後方0
蘭州占領(第2軍)

 

第10ターン(28〜31日)

前ターンに続いて今ターンも甘粛・青海地方には霧がたちこめています。いささか性急な気がしないでもありませんが、一気にケリをつけてしまいましょう。

 

「殲6号作戦」発動。

 

第1次西寧攻略戦
日本軍参加兵力:兵員243 火砲790 車両0 後方900
日本軍損害:兵員13 火砲16 車両0 後方0
連合軍参加兵力:兵員270 火砲120 車両0 後方0
連合軍損害:兵員270 火砲120 車両0 後方0
西寧占領(第2軍)

 

ここにめでたく「殲号作戦」は終了。中国共産党は組織的戦闘力を失って、事実上壊滅。劉少奇・林彪・朱徳らの幹部はバラバラに逃亡しました。重慶に駐在していた周恩来は、これを機に共産党からの離脱を声明。ただ、共産党時代に交流の深かった朱徳らの行方を案じて、しばらくは彼らの捜索に注力することとなります。

 

日本にとっては非常に好ましい展開になってきてはいるのですが、好事魔多し。

 

蒋介石は常々「日本軍は皮膚病だが、共産党は体内の癌」と広言し続け、共産党撃滅を抗日に優先させてきました。ところが、日本軍によって「体内の癌」が消えてしまうと、今度は皮膚病(=日本軍)自体が煩わしくなるのは道理。結果として、改めて抗日に意欲を燃やす結果となってしまったのです。

 

英米サイドとしても、蒋介石が抗日に本腰据えるのであれば、それはそれで歓迎すべき状況であり、積極支援を再開。日本軍としては、さらなる軍事的圧迫を加えて、蒋介石の軟化を待つしかなくなりました。

 

ちなみに、日本軍が桂林を占領した直後に、国民政府は重慶から成都に移っています。ここまで来たら、重慶も成都もあまり変わらないように思いますが。

 

もう一人の役者・ソ連ですが、こちらはもはや中国共産党の残党に対して大々的な支援を行う余裕などありません。西でドイツの攻勢に対処するのが精一杯です。

 

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